§指圧百話(69)

§故・浪越徳治郎先生の略歴


故・浪越徳治郎先生の略歴は下記の通りです。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の内容を参考にさせて頂きました。

 

『浪越徳治郎(なみこし とくじろう、1905年11月15日 - 2000年9月25日)は、香川県仲多度郡多度津町出身。指圧療法創始者。日本指圧協会元会長。

7歳のとき、北海道虻田郡留寿都村に移住。多発性関節リウマチの母の痛みを和らげたいという一心から揉んだり擦ったりするうち、指で押すことで痛みが和らぐことを発見する。後にこの技術を指圧と名づけ、多くの人にその技術を広めるため、1940年、東京市小石川区に指圧学校を設立した。

マリリン・モンローが新婚旅行で来日した際に、胃痙攣(けいれん)で体調を崩したモンローに素手で触って指圧した[1]唯一の日本人である。

この事について浪越は「そりゃあもう、とにかく綺麗な方でしたよ。いつもより三倍くらい時間をかけてしまいました」と後にテレビ番組の中で述懐している。

1971年には無所属で第9回参議院議員通常選挙全国区に立候補したが落選した。

テレビ番組にも多く出演した。最も有名な出演作品は天才・たけしの元気が出るテレビ!!である。 当初、豪快に「アーッハッハ」と笑うことから「アッハー浪越」の名前で登場していた。 後に、ジェットコースターに乗った際に普段の笑い声が消え、あまりにも怖がっていたためそのリアクションから「ジェット浪越」と改名し、多くの視聴者を笑いの渦に巻き込んだ。

特に「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」の決め台詞と、入れ歯を外しながらの高笑いは高名。2000年9月25日午前3時7分に、肺炎のため東京都文京区の病院で家族に見守られて94歳で他界した。日刊スポーツによると、浪越は死亡する前に100歳まで生きると遺言をしていたという。

墓所は東京都文京区小石川の伝通院。寺の境内には生前浪越が寄贈した指塚がある。日本指圧専門学校は同寺の傍に所在する。』

 

<浪越徳治郎先生の著書>

1.『天地一指』 実業之日本社 定価1500円

2.『おやゆび一代』 実業之日本社 定価1200円

3.『老いをふき飛ばす指圧健康術』 青空出版社 定価800円+税

4.『若さいきいき指圧法』 朝日ソノラマ 定価1200円(本体1165円)

5.『からだの痛みがとれる本』 同文書院 定価1200円+税

 



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