§指圧百話(4)

指圧を通して体験して来た四方山ばなし


[4]日本指圧学校でのこと (3)

指圧学校時代のことを思い出しますとキリがありませんので、その当時、記憶に残っていることを1,2書いておきたいと思います。

まず始めに、筆者が指圧学校に通っていた頃、知り合いの年配の方が難病で東大病院に入院しておられました。この方は宗教家で、日頃、ご縁がありましたので、筆者が指圧学校に入学したことも先刻、ご存知でした。

それでご自身も指圧を受けることがお好きだったことと、筆者のことを慮ってくださり、東大病院にきて指圧の治療をして下さいと言うことになったんです。

筆者としてはまだ半人前ですし、自信も無かったのですが、日頃の御恩返しが出来ると思い、ある日、学校の帰りに東大病院に立ち寄ったのです。

 

その方の病室に入り、挨拶もそこそこにベッドに寝たままの状態で指圧の治療をしました。仰向けと横向きで行なったのですが、大変に喜んでくださったんです。

そして、そこに主治医や看護婦が入って来た時に、その方が筆者のことを指圧学校に通っているだと紹介されたんです。

その日はそれで帰ったのですが、後日、再度来てくれと言われて東大病院に行ったんです。

そしたら、どうでしょう・・・。付き添いの方が、医者が筆者のようなプロの指圧師(まだ学生ですよ)が来て患者に触ってもらっては困ると言っていると言うのです。


それを聞いてビックリしてしまいました。患者が指圧をしてもらうと気持ちがいいと言っているのに、医者が指圧師に触られたら困ると言うんですから、開いた口が塞がりませんでした。

医者は誰の為に治療をしているのでしょう。患者の為じゃなくて、自分達の名誉や立場の為に治療をしているのでしょうかねぇ~。

まさに権威の固まりの東大病院と言った感じでしたよ、その当時は。現在はもっと違ってきているのではと思いますが、どうなんでしょうね?

 

さて次に思い出すのは、同級生の中年の女性のことです。この方は北海道から指圧の免許を取る為に勉強に来ていた方です。

ですが大変太っていて、指圧をする時も苦しそうにしているほどでした。指圧の授業の時も、先に誰かにやってもらわないと疲れてやれないような感じでした。

驚いたのは、授業中や休憩時間でも何時も何か口に入れていたのです。スナック菓子のようなものです。あれじゃぁ痩せられないわと思っていました。

 

そして毎年恒例の夏期大学が熱海のホテルに一泊して行なわれた時、生徒全員で参加したんです。その時に事件が起きたんです。

朝、ホテルの大食堂で全員が食事を終って三々五々、部屋に戻っていた時です、その彼女が食事が終った直ぐその後で、またイカ焼きのような物をほうばりながら歩いていたのです。

ありゃあまぁ、朝食を食べたばかりなのに、もうイカをほうばっているわと呆れて見ていました。それから数時間してからです、周り中がざわざわして騒がしいんですよ。

何事かと思いましたら、その彼女が胆石センツウを起して七転八倒の苦しみをしていることが分かったんです。

やっぱりなぁ、あんな暴食をしていたら無理もないだろうなぁと思いました。幸いなことに、その時、周りは皆、指圧師ですし、浪越校長やベテランの治療師が大勢いましたので、彼等の尽力で痛みが治まり、入院することなく、無事に夏期大学を終えて帰ることができたんです。

 

そんなことがあって、後日、無事に学校も卒業して、指圧の免許も取得して、彼女は北海道に帰ったんです。それから暫くして、噂で彼女が亡くなったことを知りました。どうやら心臓も悪くしていたようで、心臓発作か何かで命を落としたそうです。

どういう事情があって指圧師になろうとしたのかは知りませんが、やはり、この方のように自分の身体の養生もできない方が治療師になるのは難しいのではないでしょうか。人の治療をするよりも、自分自身が治療を受けなければならない身体だったようです。

 

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