◇日本指圧学校でのこと (2)

前回も申し上げましたが、当時の指圧学校では指(親指が中心)以外を使うことは邪道のように指導していました。その為に親指を鍛えろと言うわけです。ですから、長年指圧をやっている人は皆、親指が変形して、随分大きくなっている人が沢山いました。

それが又、長年やっている者にとっては一種の勲章だったのかも知れません。今もその傾向は変わらないのかも知れませんねぇ。それが業界の常識なんでしょう。

 

でも、筆者は前回も言いましたように、特に左の親指の関節が曲がりすぎて強い力が入らないんです。無理をすると親指を痛めるだけで、幾ら鍛錬しても限界があるのは目に見えていました。

どうして、指圧学校がこんなに親指で押すことに拘るのか疑問に思いました。ですが、思い当たることが一つありました。校長の浪越徳治郎氏が、特大の親指の持ち主だったんです。

勿論、それは先天的なもので、後天的に訓練してそのようになったものではありません。柔らかくて大きい親指をしていました。ですから同氏の場合は、子供の頃からその親指で母親の指圧をして喜ばれたそうで、それが元で指圧の道に入ったと言われていました。

ですから同氏に取っては、親指以外を使う必要も無かったのです。それで十分に治療効果を出せたわけなんです。筆者のような者からすると、大変に羨ましいことですよね。

ちなみに筆者は、30年以上指圧をしていますが、未だに親指は大きくなっていません。とても指圧師の指には見えないんです。


とにかく、そうした周辺の様子を見て、折角、指圧学校に入学したけれど、筆者は親指中心の指圧ではやって行けないと自覚しました。

そんな折に、同級生の中年の男性が、声を掛けてくれて、他に勉強できる所があるから講習を受けに行かないかと誘ってくれたんです。

それが、故・増永静人氏がやっておられた、医王会指圧センターだったんです。この辺りのことは次回以降にしまして、まだ少し指圧学校でも様子を述べて見たいと思います。

 

そもそも、指圧学校の授業は指圧の免許を取らせるためのものですから、都道府県の試験に間に合うようなカリキュラムになっているわけです。従って、教室での学科の授業が大半で、指圧の実技の時間は少なかったんですね。

筆者はそのために、学校が終ると、知り合いの治療をさせてもらったりして、指圧の練習をしたんです。本当に学校の授業は暗記専門のようなもので、特に2年になると殆ど試験対策で、テスト形式の授業でウンザリでした。

 

また、指圧学校は浪越氏の学校ですから、同氏が指圧の実技を教えてくれるのかと思っておりましたが、2年間一度も教えてもらえませんでした。時々、同氏が教室に来て、授業をすると言うよりも、漫談のように同氏がやって来たことを話して行くだけでした。

それよりも驚いたのは、卒業の間際になって、浪越校長の直伝の指圧講習会をやると言うんです。それも余分な授業料を取られるんです。

何なんですかねぇ、それは・・・。希望者だけを集めて、校長が指圧の指導をして、生徒一人一人とツーショット写真を取るというのがウリだったんです。

筆者はその考え方に賛同できなかったので、その特別講習には参加しませんでした。でも地方から来ていた生徒達は浪越校長と一緒の写真を取ることで、それを治療院に飾ってアピールできるので、喜んで特別講習に金を払って参加していたようですよ。

 

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