§指圧百話(2)

指圧を通して体験して来た四方山ばなし


[2]日本指圧学校でのこと (1)

さて、前回のような経過を経て、いよいよ指圧学校に入学する為に、浪越圧学校(現在の、日本指圧専門学校)に願書を出して、その後面接に行きました。

その時、驚きました。募集定員が○○人と入学説明書に書いてあったのに、実際はその何倍もの人数を募集していたのです。それも、朝・昼・晩と3部制にしてまで生徒を集めようとしていたんです。

学校経営維持のためでしょうが、如何にもと言った感じでした。ただ、確かに応募する人も多かったので、それを受け入れるための措置であったとも考えられます。いずれにしても、指圧が結構ブームになっていましたので、大勢が応募に来たことは確かでした。

 

まぁ、それはいいのですが、いざ面接に臨んで見ると思わぬことを言われてビックリしました。入学案内にはひと言も書いて無かったのに、いきなり寄付金10万円を払えるかと言うんです。それこそ、「聞いてないよ~!」と言いたいところでした。

まったく、こちらの足元を見るようなやりかたに腹が立ちましたが、入学の意志が固かったので、それを飲むほかありませんでした。ただ、この寄付金は10年後に返還すると言う条件が付いていましたので、しぶしぶ承知したわけです。

で、この10万円ですが、確かに10年後には申請して戻してもらいました。でもねぇ、全然、利息もつけてくれませんでした。どう言うんでしょうねぇ。10年間も金を預かっておいて何ら利息も払わないなんて、一般には認められませんよね。

 

とにかく、こんな状態でしたが、無事に入学しました。筆者は前回も言いましたように、未だ会社勤めをしながらの通学でしたので、午前中のクラスに入りました。他のクラスのことは知りませんが、午前だけでも何クラスかありました。これだけで定員以上になっていたはずです。この他に、昼と夜のクラスがあったわけですから、随分の人数を取ったものです。

筆者のクラスは老若男女、色んな年代の方がいました。中でも中年の方が多かったように記憶しています。それから地方から出て来ている方も結構いましたね。

殆どが指圧を学ぶのは始めてでしたが、中には実際に指圧の営業をしているような方もあり、免許が無いので、それを取るために入学して来た方もありました。

そういう方は自分のやっていることが自慢で、他の生徒達にいろいろと薀蓄を披露したり、指圧の実技の時に、知ったかぶりをして、あれこれ言っていましたよ。


筆者の通っていた時代は2年制でしたが(現在は3年制)、指圧の実技の時間よりも、国家試験(実際は都道府県試験)に出る科目の授業が大半でした。西洋医学的な解剖や生理などの基礎学科を始め、机の前で勉強することが殆どでした。

筆者はそうしたスタイルで勉強することは好きではありませんでしたし、今更、暗記中心の勉強なんかイヤだなぁと思っていました。何しろ、社会人になってからも、学生時代のがり勉の夢を良く見たぐらいですから、学校式の勉強は勘弁して欲しいというのが本音でした。

 

さっきも言ったように、こうした学科の授業が大半で、指圧実技の時間が少なかったので、実技の時間は楽しみでした。何十人もが一同に会して、二人ずつが組になって、指導者の掛け声とともに、イッチ、ニイ、サン・・・と順番通りにやって行くんです。

大勢で一緒にやらなければなりませんので、教える方からすると、そのように号令をかけながらやるしか無いのでしょうが、その号令の声が何時までも頭に残って困りました。実際、プロとして指圧をやるようになってからも随分、長い間、その号令の掛け声が響いて来て、やり辛かったですよ。

 

筆者はなるべく上手な人と組んでやっていました。最初に筆者がやってあげて、後で受けるようにしていました。その方が気分が良かったからです。最初の内はそうやって楽しくやっていたのですが、或る時期から、こりゃぁこのままではダメだと思うようになりました。

それと言うのは、指導者が指圧は指で押すものであり、親指を鍛えなければならない、というようなことを言ったのです。それも、親指の爪が剥がれるほど練習をしなければならないとも言うわけなんです。

それを聞いた時、あぁ、これはダメだと思いました。何故なら、筆者の指はそれ程大きくもなく、特に左親指は関節が曲がりすぎて力が良く入らないんです。強く押せないわけです。関節が柔らかいのはいいことですが、曲がりすぎると旨くないんですね。

この、指圧は指しか使ってはいけないと言うことが次第に疑問になってきたんです。そのことも含めて、今後ももう少し、指圧学校での様子を綴っていくつもりです。

 

  ートップへー ー前へー -次へー


 

 

Google
WWW を検索 www.shiatsu-k.comを検索