§指圧百話(12)

指圧を通して体験して来た四方山ばなし


[12] 医王会指圧センター(5)

前回も一寸触れましたが、当時の医王会は御徒町(上野)の本部と銀座にも治療所があったんです。

増永先生は曜日を分けて両方に出ておられました。確か、月曜日はご自分の休みとされていましたが、それでも自宅で治療をされていたようでした。

場所柄、御徒町は下町ですし、銀座は、特に昼間はビジネスの街ですので自ずから患者の層も違っていました。

それでも中には、自分の気に入った治療師が居ると言うことで、両方の治療所に通って来る患者さんも居ました。

 

筆者も最初の内は御徒町の専任でしたが、慣れてくるにつれて銀座でも働くようになりました。場所としては銀座の方が好きでした。

何故かと言ぅと、筆者は若い時から他の用で銀座には頻繁に通っていましたので、東京の街では銀座が一番馴染みがあるんです。ちなみに筆者は地方の出身ですがね・・・。

ただ、銀座の建物は木造でちゃちな物で、その上、細い階段を上った2階でしたので、雰囲気としてはイマイチの所がありました。

 

銀座に来られる患者さんの多くはビジネスマンの方で、中には大会社のオエライさんも結構おられましたよ。また、夜の仕事をしている方も多かったですね。

確かにねぇ、ネオンの灯る頃になると銀座の雰囲気は一変しますからね。香水や脂粉を漂わせた多くの女性や、関連の仕事をする男性達が通りを闊歩していますからねぇ。

そうした人達が、仕事に入る前に治療に来ることも結構あったんです。昼間でも水商売関係だと思える患者さんがよく見えましたよ。


そうした環境ですから、治療に来る人は身体の硬い人が殆どでしたね。ですから銀座で治療する時には、心身共に疲れることが多かったですよ。

いつ頃だったかは忘れましたが、ある日の夕方、ギックリ腰のようになって歩けないと言ぅ男性が人に連れられてやって来ました。

 

最初に増永先生が診断だけして帰って行かれました。その後で所員が一通りの全身治療をしたんです。普通は、そうした治療で腰痛やギックリ腰は改善されるんですが、その時は効果がありませんでした。

治療の後も、患者は痛くて立ち上がれないと言ぅんです。仕方が無いので、再度、他の所員が治療を行ないました。でも、痛みが取れませんでした。

もう時間も遅くなってしまい、営業時間も過ぎてしまいましたので、どうしたものかと一同、思案に暮れました。患者さんも痛みで帰るに帰れない状態でした。

で、増永先生に連絡して、取りあえず、その患者さんに一晩泊まってもらい、翌日、増永先生が治療してみるからと言ぅことになったんです。

 

筆者のその後の治療体験も含めて、そのように1泊してもらった患者さんは、その方だけでした。とにかく、その患者さんのことが気になっていましたので、翌日早く銀座に行ってみたんです。

ですが相変わらず、その患者さんは立ち上がれないと言って横になっていました。そこで再度、全身の治療をして増永先生の到着を待っていたんです。

で、増永先生が来られて治療をされて分かったんです。その患者さんは腰痛を訴えていた為に腰がオカシクなったと思って、そのつもりで治療をしたんですが、実は太ももの後ろが肉離れを起していたんです。

 

ですから、幾ら腰痛用の治療をしても立ち上がれなかったんです。大腿が痛んでいたんですから。ですから肉離れの治療をするように医者に行くことを勧めたんです。

一応、応急処置として太股を手ぬぐいで強く結んで歩けるようにして、帰ってもらったんです。何とか一件落着したわけですが、いい体験をさせられました、所員一同がねぇ。

患者の訴えが腰が痛くて歩けないと言ぅことでしたから、余計に大腿の肉離れが分かり難かったねすねぇ。腰痛と言っても一筋縄には行かないことを痛感させられた次第です。

(つづく)

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