今まで書いてきた日記やブログの中から、特に健康や指圧に関する記事の一部を掲載してあります。なお、日付は順不同ですので、明記してありません。また、筆者の名前はニックネームの”きーさん”にしています。
| 1.肉体は魂の仮の宿 | 3.肺結核について |
| 2.「有難う(ありがとう)」 | 4.オランダからの生徒さん |
今回のタイトルと同様の内容は何回も取り上げています。世間では、まだまだ肉体が全てだと思っている方も多いように見えますが、あなたは如何でしょうか。
残念ながら、肉体が全てと思っている方は、どうしてもこの世だけの1回限りの人生だからと考えて、生きている間(肉体のある間)に好きなことをしないと損だと言う考えになりがちです。
そのように肉体だけだと思っていますから、病気や色んな障害に出会いますと、ヒドク心配したり、不安に思ったりすることが多くなるものです。
そうしたことが嵩じてきますと、今度は、このまま死んだらどうしょう、どうしょうと言うようなマイナスな考え方をするようになりがちです。
ですから、このように肉体が全てだと思っている方は、誰かが病気で死んだり、他の理由で死んだりしますと、可哀相だぁ、気の毒だと言って嘆き悲しむことが多いようです。
しかし、これはちょっとオカシイような気がします。肉体が全てだ、この世だけだと思うのでしたら、何で葬式をしたり、墓を建てたり、仏壇を作ったりするんでしょうかねぇ・・・。
肉体が無くなったら全てが終ると考えているのでしょうから、そんな面倒なことはしなくてもいいのではないでしょうか。ここに何か矛盾を感じますね。
では何故、こんな矛盾めいたことをするのでしょうか。やっぱり人間は神の子ですから、本人の表面意識では肉体が全てだと言っていながらも、潜在意識の中では、そうでは無いと言うことが分かっている所為ではないかと思います。
私は別に偉そうなことを言う積もりはありませんが、誰が何を考えようとも、人間は単なる肉体だけの存在ではありません。私達の肉体は、この世(三次元世界)で暮すために必要な「家」のようなものなんです。
私達は、この肉体と言う家に住んで、外の世界と接触して色んなことを学んだり、必要な体験のエキスを吸収して、時期が来てその家(肉体)から去って行くように仕組まれています。それが、肉体の死と言うことです。
そして、また更に進化向上を目指して、構造の異なる新しい家(肉体)を神から与えられて(転生して)、その肉体に住んで新たな体験、経験を通して進化を繰り返して行くようになっています。
そのようなことを何回も何回も繰り返して(輪廻転生して)、今日の肉体を与えられているる訳です。あなたも、私も何回も何十回も転生を繰り返して来ているんです。
要するに肉体の死と言うのは、住んでいる家が変わるだけですから、何もその死を悼むことは無い訳です。結局、「人間の肉体の死とは、単なる状態と場の変化」に過ぎないと言えます。
この道理から考えますと、人が死んだからと言って悲しんだり、悔しがったりする心の波動は良くないことだと言えます。
と言うのは、悲哀の心と言うのは、否定的な想念ですから、人間が本来持っている創造性や積極性と言う波動に悪影響を与える、いわば「悪波動」になってしまうからです。
まぁ、こうしたことを深く理解するには「想念の在り方」を学んでいないと分かり難いかも知れませんが、ともかく、人間の肉体は「魂の仮の宿」だと言うことなんです。言えば、その魂(心)の進化のための道具と言うことになるのではないでしょうか。
もっと言えば、肉体が主ではなくて、魂が主で、肉体はその魂の進化向上を司るために必要不可欠なものだと言えます。
しかし、幾ら魂が主だと言っても、肉体を粗末にしていいと言うものではありません。肉体(家)が無かったら、この世で修行が出来ない訳ですから、肉体を大事にしないといけないのは当たり前です。
そういう点から考えても、病気に罹らないように、不養生をしないように、肉体をよく手入れしておくことが一番重要になってきます。
普段から、指圧の治療を受けるなりして、心身共に健康にして、明るく楽しく暮らす努力をすることが、魂に取っての一番の修行ではないでしょうか・・・。
私は何時も、日本語の素晴らしさを感じることが多いんです。その中でも、「有難うございます」いう言葉の響きには特に注目しているんです。
英語の「Thank you very much」とは、ちょっと意味合いが違うように感じます。勿論、私はネイティブな外国人ではないので、彼等が「Thank you very much」と言う時に、どれほどの深みを持って言っているのかは分かりません。
でも、そうしたことを抜きにしても、「有難うございます」と言う表現の響きは英語の表現では表せない、何とも言えないものがあるように感じています。
以前に作家の藤本義一氏は、「ありがとう」の語源に付いて、同氏の師にあたる川島雄三氏から次にように教えられた、と言うようなことを仰っていました。
「在り得べきところにない言葉が在る事」だと。「これは、はじめからアリガトウという言葉を期待して絶対に仕事をしてはいけないという意味である。それよりも力を尽くして仕事に挑めば、自然に相手からアリガトウの言葉が届くということだ」
と、藤本氏は雑誌『遊歩人』の中で書いておられました。
それを見て私も、ちょっと「ありがとう」の語源を調べてみました。ネット上では次にように言われていました。
『ありがとうの語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便化し、ありがとうとなった。
「有り難し(ありがたし)」は、「有る(ある)こと」が「難い(かたい)」という意味で、本来は「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味を表した。
中世になり、仏の慈悲など、貴重で得難いものを自分は得ているというところから、宗教的な感謝の気持ちをいうようになり、近世以降、感謝の意味として一般にも広がった。』
このことから考えますと、「有難うございます」いうのは、「滅多にないこと」「在り得ないこと」をしてもらって、言葉に出来ないほど感謝していると言うことを表わしていることになります。
何とも意味が深いですねぇ。口先だけで「ありがとうございます」と言って済まされるようなことではないですね、本当は・・・。
昔は一般でも、「有難うございます」と相手に礼を言う時には、45度以上に前かがみになって感謝の意を現したものでしたが、最近ではデパートなどのエレベーター案内人ぐらいしか見かけられなくなりました。
ところで、巷に溢れている色んな文章を見ますと、「有難う」のことを「ありがとう」とか「アリガトウ」と表現しているのをよく見ますが、心から感謝している場合には、やほり「有難う」が一番ピッタリと来るように思います。
で、考えてみましたら、この世の中で「有難うございます」と言わなければいけない一番のことは、「今、ここに生かされていると言うことに対して」だと思います。
良く考えてみると、私達は自分勝手に生きている訳ではありません。例えば、息が出来ているのは誰のお陰なんでしょう。夜寝て、明日の朝目覚める保証もありません。今日一日、無事でおられると言う確証もありません。
このように私達には、実は何の保証も無いんです。それでも、今まで生きて来られています。これはどう言うことでしょうか。実は「有り得ない」ことが起こっている証ではないでしょうか。
毎日、生きていると言うことは、本当は「有り得ない」ことの連続の中にいると言うことではないでしょうか。大げさな言い方をしたら、「奇跡」の中にいると言っても過言ではありません。
こう考えて来ますと、今、今、今、この瞬間、瞬間、生きていること、生かされていることに対して「有難うございます」と、心から感謝を続けて行くことが何より大切だと思う、今日このごろです。
それにしても連日の猛暑はスゴイですね。昨日も全国の170箇所以上で35度以上の猛暑日を記録したそうですから、正に日本列島が炎上したと言ってもいいほどでした。
また、どうしたことか分かりませんが、ここに来て急に全国の100歳以上の方の行方不明が連日のように報道されています。
更には親による子供に対する虐待が急増しているとも報道されています。年寄りや子供と言う弱い立場の者が窮地に立たされているのが、現在の日本の姿になっています。
ところで、先日、私の親しくしている男性が肺結核になって入院してしと言う報告をもらったんです。その後、本人が病院から電話をしてくれて話したんですが、薬の副作用で肝臓に影響が出て、筋肉が固くなって困ると言うことでした。
確かに、結核菌を殺す為の薬なんでしょうけど、副作用が強いんだろうと言うことは想像できますね。どんな薬でも、元は毒薬ですから、副作用が無いものはありませんからね。
私も以前、抜歯する予定だった歯のまわりの歯ぐきが腫れてしまって、その為に抗生物質の薬を毎日飲んでいたんですが、その所為で口臭がしたり、頭が痛んだり、色んな副作用が出て苦しんだことがあります。
で、この男性なんですが、何で結核になったのかと言いますと、余りにもストイックな生活をしすぎた所為なんです。どう言ったらいいんでしょうねぇ・・・まぁ、自分の生き方を頑なに守ると言いますか、融通が利かないところがあったんですよ。
もういい歳なんですが、未だ独身と言うことは、ちょっと自意識過剰のとこもあるんです。ですから、今のままでは、ちょっと結婚は無理じゃないかなぁ、と思っているんですよ、私は。
それから、じっとしておられない性格と言いいますか、家のことでも小まめに色々やるんですよ。キレイ好きですから、掃除もよくやるんです。本当に、まめな男性なんです。その上、仕事のことで神経を使うことも多かったようなんです。
その上、食事もちょっと極端だったんです。玄米菜食を励行しているのはいいのですが、それがちょっと極端になっていて、玄米と納豆しか食べないこともあったようです。やはり、野菜の副食もバランスよく取ることが必要ですよね。
そのように生活面で色々あったことが結核の原因の一つになったのは確かですが、本当の原因と言うのは彼の想念に関係している訳です。
やはり、肺を病むと言うことは、「想念(思い)が暗い」と言うことが一番関係しているんです。暗いと言う意味の中には、我が強い、自意識過剰、明るさに欠ける、素直じゃない、理屈っぽい、イライラ・セカセカが強い、執着心が強い、と言うようなことがあります。
ですから、肺を病むことで、こうした自分の欠点を気付かされているわけです。これは何も彼に限ったことではありません。私自身も、若い頃から鬱積感情が強かったですから、肺が弱いんです。
結核にはなりませんでしたが、その箇所が石化しているんです。自然気胸と言うものです。ですから、レントゲンを撮りますと、今でも白い陰が映るんです。実際に肺が弱いですから、呼吸器が弱いんです。
そのことがありますから、何時も風を引かないように気を付けて、寝る時には首に布を巻いて予防しているんです。これが、私の弱点の一つですが、そのことを自覚していますから、無理をしないようになって、ここまで来られたのでは、と思っているんです。
ちょっと表現が違うかも知れませんが、「災いを転じて福となす」言うことになるんじゃないでしょうか。
連日、残暑などという生ぬるい物ではなく、本日、9月1日を迎えても尚、猛暑が続いています。もう異常気象などという言葉も虚ろに聞こえるほど尋常ならざる様相を呈しています。
そんな猛暑の中、予てから予約のあった指圧初級講座の生徒さん2人がオランダからやってきました。2メートル近くもある若い男性と、彼よりも年上の男性の二人組です。
長身の男性はオランで理学療法士として働いているそうです。何でも父親も同じ仕事をしていたそうですが、その父親が他界した後、自分も同じ仕事をしたくなり、5年前から本格的に働いているそうです。
長身で手も大きいので、手技療法に合っていると感じました。その上、非常に愛想がいいし、とても笑顔がいい若者なんです。きっといい理学療法士になると思いました。
唯、彼は一度も指圧を習ったことがないということでした。一方、年配の男性の方は既に指圧の仕事をしているようでした。二人とも、昨年オランダから来て指圧講座を受けられた女性の知り合いで、彼女のススメで今回来日されたわけです。
二人とも来日は始めということでした。また私とは初対面ですが、私がネット上にアップしている動画をご覧になっていたようで、その所為で私に対する親しみを持っておられるように感じました。
そのように親しみを持っておられたからでしょうか、二人とも私にちょっとしたプレゼントを持って来てくださったんです。まさか男性二人からそんなプレゼントを貰うとは思ってもいませんでしたので、ちょっとビックリしました。
プレゼントと言っても特別な物ではなく、一人は自然な味のチョコレートでしたし、もう一人からはチベット産のお線香でした。どちらも私としては初めての品物でしたので、心から御礼を申し上げました。
面白いもので、彼等のように初対面にも拘わらず、外国から来られる生徒さんや患者さんの中には何かしらプレゼントを下さる方があるんです。
勿論、そうでない方の方が多いのですが、そのようにして下さる方の心遣いが嬉しいですね。またそのような心遣いが出来る方は、治療の上でも患者さんや周りの方にも心遣いが出来るのではないかと思います。
指圧だけでなく、あらゆる治療の根本は「愛の手当て」ですから、先ず第一に患者に対する思いやりが大切ですからね。こうした思いやりは誰かに教えられて身に付くものではなく、持って生まれたものが大きいと思います。
ところで、上記の二人ですが、長身の若い男性の方は指圧は初めてだという割には、覚えもいいようですし、やり方も思いがこもっていて、将来いい治療師になるだろうと感じました。
一方、既に指圧を行っている年配の男性の方は確かに上手くこなしているんですが、既に自分のクセが付いていて、押し方にちょっと問題があるなと感じました。
でも、私が注意をすると素直に、自分のやり方よりもやり易いといって直ぐに直しますから、この分なら大丈夫だろうと思います。外国で指圧を習って来た人の多くは彼のように何らかのクセが身に付いている者がいるんです。
どんなやり方でも、その人の特色としていいのですが、やはり治療の目的は患者さんを如何に楽にするかであり、自分のやり方を押しつけるものではありません。その意味からも、患者さんに負担の掛かるような押し方(強く押したり、痛がらせたりするやり方)は勧めることは出来ません。
その辺りのことを二人が身に付けてくれると有難いな、と思っているんです。
話は違いますが、先日も案内しましたように、今般『誰も教えてくれない先祖供養の大切さ!』と言う無料e-book(pdf)を作りました。下記より申し込んでお読み頂ければ幸いです。
=>>http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P93686365
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