今まで書いてきた日記やブログの中から、特に健康や指圧に関する記事の一部を掲載してあります。なお、日付は順不同ですので、明記してありません。また、筆者の名前はニックネームの”きーさん”にしています。
また、筆者の名前はニックネームの”きーさん”にしています。今回分は、きーさんの郷里の「尾道弁」で綴ってあります。多少分かりづらいかも知れませんが、方言の方が馴染みやすいのではと思います。
| 1.始めに! | 4.人の役に立ちたい |
| 2.上京してから | 5.玄米菜食について |
| 3.精神世界への入口 | 6.日本人として |
今日からこちらで、指圧と「洗心」(心を洗うこと)に付いて色々と思うこと、気付いたことなどを記して行きたいと思っています。
ご存知のように、時代はドンドンと変化をしており、今までのような物質優先の世の中から精神性を重視する方向に変わって来ています。
こうした大変革の時代に生まれ合わせたことを感謝すると共に、これからの時代に、どうように心を洗っていけばいいのかを、指圧の仕事に従事しながら考えて行きたい訳です。
取り敢えずは、自分の過去を振り返り、どのように今日の在り方に導かれたのかに付いて述べてみましょう。既に遠い昔のことですから、ほんの一部に限りますが・・・。
正直言って、私は子供の頃から親の期待を悉く裏切って来たように思います。両親とも既に霊界入りしておりますが、今でも確りせいと言っておられるのではないでしょうか。
振り返っても、少年、青年の時代と、これといった目的意識が無く、将来何になりたいとか、どういう職業に就きたいと言う具体的な考えが無かったんです。
瀬戸内海のノンビリした所でノホホンと育ったものですから、親としても手の打ちようが無い、歯がゆい息子ではなかったでしょうか。
そんな中、小学6年ぐらいの時、市のハズレの方に或る宗教の教会(日本の宗教)があり、そこでボーイスカウト活動をやっていましたので、何回か通ったんです。
ですが、ちょっと遠いという理由で親に反対され、そのまま止めてしまったんです。ただ、その後、母親がその宗教に入ったので時々、そこに通うようになりました。
中学に入ってからは母親に付いて、その教会に度々行ったりするようになり、そこで先生方の説教を聞くことが多くなったんです。
当時から、そうした宗教的な面には抵抗が無かったんでしょうね。そこで聞かされた真理の言葉に感じ入ってしまい、自分なりに考えるようになったんです。
ですが、根が横着もんですから、確りと考えることが出来ない上に、実行力が無いものですから、もう頭デッカチで、一向に先に進まない日常を送っていました。
ですから、若さが無く、若年寄りのような外見に見られたり、高校時代の担任の先生からは自殺をするのではないかと疑われたりもしたんです。本人は、外見とは違ってそれほど深刻ではなかったんですけどのぇ・・・。
とにかく、今後もこのように自分を振り返りながら、色々と考えて見たい思います。
前回も申しましたように、郷里の尾道に居る頃までは、ある宗教の教会に通うことで色々と真理と言ぅか、如何に在るべきかに付いて考える機会がありました。
ですが、依然として世間知らずと言いますか、狭い自分だけの世界の中で考えておりましたので、日々の生活に於いて、その真理を実践して行くことはありませんでした。
と言ぅよりも、そこで言われていることは頭では良く分かるのに、いざ日常の生活の中に入ると、自分のやっていることが正反対なことばかりであることに苛立ちを覚える日々でした。
その為に、どうして自分はこんなことが出来ないのか?、と言う自問自答を繰り返すばかりで、厭世的な気分になることが多かったですね。
それと生来、自分の想いを外にだして発散することが上手ではなかったようで、それで余計に内向的になり、鬱々とした日々を送っていたわけです。
それが、家庭の経済的な問題で、高校を卒業した後、一家を上げて上京する羽目になってしまいました。それまで東京の生活など考えにありませんでしたので、雲を掴むような気分でした。
上京してからは、そのように経済的な理由がありましたので、色々働きながら学校に通うと同時に、東京の銀座にあった宗教の教会にも通い始めたんです。
ここでも熱心に毎日のように教会に通い、話を聞き、また集会に出たりして、何とか真理が分かりたいとアクセクしていました。
しかし、表面的には如何にも熱心な信者と言ぅ感じで、他の人々とも話したりして自分なりに学んでいったつもりですが、依然として心の空洞は埋まりませんでした。
教会に通えば通うほど、自分の心は満たされない感じで、先行き不透明で、何か霧の中にいるようで、自分で何をしたらいいのか分からない時期が何年も続きました。
ですから仕事も余り熱が入らないと言ぅか、やりたい仕事が見つからず、止む無くある外資系の小さい会社で働くようになったんです。
その時代に母親が色々な心労と過労が元で、重症になり入院生活を数ヶ月送った後、49歳で他界したんです。そのようなことは予想だにしませんでしたから、後悔の念がつのるばかりでした。
ただ、まだまだ精神的に未熟で、ノンポリと言いますか世間のことや社会のことに疎い生活を送っていました。でも少しずつ変化が出てきて、ヨガの本に興味を持って何冊も読みふけり、実践をするようになりました。
上京してから、20代の後半あたりから段々と宗教的なものから、より精神性のあるものに気が向くようになりました。
でも相変わらず、銀座にあった教会には毎日のように通い、そこで青年会やその他の会合にでたり、手伝いをしたりして模範的な信者のようでした。
ただ自分の心の中は、何時も虚ろと言ぅか、他の人のように宗教にのめり込めず、中途半端な気持ちでおりました。
その宗教は、新興宗教と言われる一つではありましたが、所謂、ご利益信仰ではありませんでした。心を正すことを目的にしていました。
ですが、あなたもご存知のように、宗教団体と言うことになりますと、そこに自ずからある種の形が出来てしまい、それに従うのが信仰のように思う人々が多くなりますよね。
その宗教も真理を説いていながらも、一方で箸のこけた(倒れた)ような小さなことでも願えと教えていましたので、どうしても他力本願になり易いところがありました。
中には、寄付を多くする方がお陰が多いと考えている信者も多かったように思います。そうなるとご利益信仰そのものですよね。
そのような日常生活を送っている内に、心の求めるままにヨガの世界に引かれて行き、多くのヨガの本を手にするようになりました。
私は生来、人にものを教えてもらうのが嫌いと言いますか、天邪鬼と言いますか、誰かの所に行って習うことが出来ない性質なんですね。
ヨガなんかも、指導者の所で習えば上達が早いんでしょうが、それをやらずに、自分で本を読んでは実践してみると言ぅことを続けていました。
ヨガの場合は肉体的なポーズを取るのが上手になっても、それだけでは意味が無いんです。身体を柔軟にするのは、瞑想を長時間できるようにするための準備に過ぎないんですね。
ヨガの本を読むだけでは足りなくなり、次々に精神世界の本を求め、専門書店に頻繁に通うようになりました。霊界のこと、UFOのこと、神霊治療のことなど、手当たり次第に読破しました。
同時に瞑想も試みるようになりました。勿論、旨くは行きませんでしたが、次第に肉体の世界ではない所に引かれるようになりました。
そうすると、毎日のように通っていた宗教の教会の在り方にも疑問を持つようになりました。そこでは殆ど死後の世界のことは語られていませんでしたから・・・。
前回まで述べて来ましたように、20代の終わりまで外資系の小さな会社で紆余曲折がありながらも、サラリーマン生活を続けながら、真理を求めて宗教の協会に通い続けていました。
でも、その宗教にも段々疑問が出てきて、何処がどのように間違っているのかと言ぅことは分かりませんでしたが、何となく教会に行く機会が減ってきたんです。
また会社勤めも、金も為、会社の為に働くことや、学歴に左右される給与体系や、所謂声の大きい者(自己主張の強い者)が出世するようなこととか、狭い組織にしばられているようなことに疑問を持ちだしたのです。
そして、宗教の関係で、如何に生きるべきか、何をしたらいいのか等、色々と思い悩むと言いますか、煩悶するようにもなって来たんです。
その内、段々と人の役に立つにはどうしたらいいのかと、考え始めたんです。今から考えると何とも青臭いことですが、その当時は全く理想的なことしか頭には無かったんです。
丁度そんな時期に、教会の集会の席で、徳の高い先生が、信仰が深まると手を当てるだけで人を治すことも可能である、といったことを話されたんです。
その時、当時テレビなどで有名に成っていた指圧の浪越氏のことが頭をよぎり、そうだ指圧と言ぅ手もあるんだなと思ったんです。
また、母親が生前、私を医者にしたかったと言った言葉も蘇ってきました。そうだ、指圧は自分の手で人助けが出来るのだから、一つこれをやってみようと考えたんです。
勿論それまでは、指圧のことは全然知りませんし、指圧を受けたこともありませんでしたが、普段は優柔不断の私がどうしても指圧の道に進みたいと思い至ったんです。
それで早速、指圧学校の入学案内などを取り寄せたり、指圧の本を購入して、指圧に関する情報を集めたんです。同時に会社の上司にも、どうしても指圧の道に進みたいと話したんです。
ただ、あまりに突飛な申し出でしたから、上司からは反対をされました。その時は止む無く、入学を諦めましたが、心の中では指圧のことしかありませんでした。
私が肉食に疑問を持つようになってから、自然に玄米菜食を実践するようになりました。指圧学校に入学した頃です。
当時はまだ、午後から会社に出勤するという変則な生活をしていた頃です。自分で玄米に小豆を入れて焚いて、野菜のおかずと詰めて弁当にして会社に持って行ったりしていたんです。
会社でその玄米弁当を食べていると、他の社員がいぶかしそうに見て、冷やかし半分に色々言ってきました。
当時はまだ、肉食の非について良く理解していませんでしたが、自分は肉食を止めて玄米食にするんだと言ったら、それじゃぁ栄養が取れないだろうと言う者が大半でした。
残念ながら今もって、西洋医学の栄養学に捉われて、肉食が身体にいいとか、栄養があるとか言っている専門が多く、それを鵜呑みにしている人々が多いのが現実ですね。
しかし、世界を見回してみますと、肉食をしない人々も可なり居ることが分かります。宗教的な面でそうしている人々も居りますし、最初から菜食中心の人々もいます。
そうした肉食をしない人々が不健康で栄養不足かといいますと、決してそうではありません。私は健康面を考えて肉食をしないのではありません。
肉食そのものの「非」が分かっているから、どんな肉(但し、家族の手前、魚類はまだ食しています)も口にいれません。それで不健康だと言うことはありません。
とは言いましても、あなたや誰かが肉食をしているからと言って、それを咎めるつもりはありません。それも、あなたの自由意志で決めたことですから、あなたの責任であり、誰も文句を言いません。
ところで玄米菜食のことですが、日本ではマクロビオティックの関係者がそれを広め、現在では若い人の中にも、玄米食を取り入れているかたが増えているようですね。
なかなか結構なことだと思います。ただねぇ、ちょっと偏った方々も見受けられるんです。頑なに玄米菜食に拘るあまり、他人との関わりが旨く行かない人も居られます。
それに捉われてしまって、玄米食をしない人や、添加物入りの食品を取っている人を非難するようなことをする人がいるんですよ。これはちょっと頂けませんよね。
ですから、玄米菜食を厳守している方の中には、あまりにも堅苦しく考えすぎて、かえって不健康に見える人や、痩せすぎの方が居られるんです。
私も玄米菜食は心身に取って非常に有効だと思いますが、やはり周りとの調和を図りながら、楽しくやって行かないと、かえって弊害が出てくるのではと思います。
とんなに素晴らしいと思うことでも、周りと不調和を起したり、そのことがベストだと思って優越感などを持つことは、あってはならないことだと考えます。
昨日、何年振りだったでしょうかねぇ…7,8年になるかも知れませんが、ドイツに住んでいる昔の生徒さんが帰国して、治療に見えたんです。
彼女は昔、きーさんが指圧を教えたんですが、その後ドイツ人の男性と結婚してドイツに移住して、彼の地で指圧の治療をしているんです。
勿論、免許は持っていませんので、おおっぴらに看板を掲げることは出来ませんが、それでも人づてに何人かずつ治療をしているようなんです。
いいですよね。そうやって一度指圧を習得しておけば何処に行っても、指圧の治療ができますからねぇ。特に外国の場合は、東洋医学的なことに興味を持つ人も増えていますから、余計にやり易いと思います。
それと何時も申し上げているように、指圧をすると、よりお互いの相互理解が増しますので、多少言葉に不自由があっても意志の疎通が速やかに行くんです。まさに指圧こそ、自他一体感を得る最良の方法だと言えます。
ところで昨日は梅雨の晴れ間になったので、何時ものコースを歩きに行ってきました。日が照って来て蒸し暑いかと思いましたが、歩いているとそれ程でもありませんでした。
北の丸公園に入ると、殆ど人が居ませんでした。何時もは可なりの人数が三々五々、楽しそうにしているのですが、昨日は数人しか居なかったんです。
その時は曇り気味で余り暑くなく、ベンチに座って週刊誌を読んでいると、結構風が吹いてきて気持ちがよかったですよ。また、スズメやハトが側に来て楽しませてくれました。
その後、半蔵門から三宅坂、桜田門と下って行って、最後は皇居前広場に出たんです。そこには何時行っても外国人旅行者が写真を取っている姿を目にします。
きーさんは宇宙の真理を学ぶようになってから、日本の皇室や天皇陛下の存在がどういうものかを確りと自覚できましたので、こうして皇居の周りを頻繁に歩いたりして、皇室に向かって感謝の念を送っているんです。
残念ながら、戦後の日本の教育を受けた人々の中には、皇室に対する認識が不十分な人々が多いので、きーさんが皇室のことに言及すると、直ぐに右翼とか何とか考える方もあるかも知れません。
その意味からも、一人でも多くの方がいち早く宇宙の真理を学び、日本人として日本国の存在意義、皇室の意味などに付いて認識を新たにされんことを祈るばかりです。
何時も申しているように、日々、日本の存在が問われるような問題が続発していますが、今後も益々、日本人としての自覚を持たないと乗り切れない事態になるのではと思います。
今こそ、自分が何故に日本に生まれているのか、今自分は何をしなくてはいけないのか、じっくりと考えてみる時期に来ているように感じます。
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