今まで書いてきた日記やブログの中から、特に健康や指圧に関する記事の一部を掲載してあります。なお、日付は順不同ですので、明記してありません。
また、筆者の名前はニックネームの”きーさん”にしています。尚、今回から方言ではなく標準語で表記してあります。
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1) 始めに!
今日からこちらで、指圧と「洗心」(心を洗うこと)に付いて色々と思うこと、気付いたことなどを記して行きたいと思っています。
ご存知のように、時代はドンドンと変化をしており、今までのような物質優先の世の中から精神性を重視する方向に変わって来ています。
こうした大変革の時代に生まれ合わせたことを感謝すると共に、これからの時代に、どうように心を洗っていけばいいのかを、指圧の仕事に従事しながら考えて行きたい訳です。
取り敢えずは、自分の過去を振り返り、どのように今日の在り方に導かれたのかに付いて述べてみましょう。既に遠い昔のことですから、ほんの一部に限りますが・・・。
正直言って、私は子供の頃から親の期待を悉く裏切って来たように思います。両親とも既に霊界入りしておりますが、今でも確りせいと言っておられるのではないでしょうか。
振り返っても、少年、青年の時代と、これといった目的意識が無く、将来何になりたいとか、どういう職業に就きたいと言う具体的な考えが無かったんです。
瀬戸内海のノンビリした所でノホホンと育ったものですから、親としても手の打ちようが無い、歯がゆい息子ではなかったでしょうか。
そんな中、小学6年ぐらいの時、市のハズレの方に或る宗教の教会(日本の宗教)があり、そこでボーイスカウト活動をやっていましたので、何回か通ったんです。
ですが、ちょっと遠いという理由で親に反対され、そのまま止めてしまったんです。ただ、その後、母親がその宗教に入ったので時々、そこに通うようになりました。
中学に入ってからは母親に付いて、その教会に度々行ったりするようになり、そこで先生方の説教を聞くことが多くなったんです。
当時から、そうした宗教的な面には抵抗が無かったんでしょうね。そこで聞かされた真理の言葉に感じ入ってしまい、自分なりに考えるようになったんです。
ですが、根が横着もんですから、確りと考えることが出来ない上に、実行力が無いものですから、もう頭デッカチで、一向に先に進まない日常を送っていました。
ですから、若さが無く、若年寄りのような外見に見られたり、高校時代の担任の先生からは自殺をするのではないかと疑われたりもしたんです。本人は、外見とは違ってそれほど深刻ではなかったんですけどのぇ・・・。
とにかく、今後もこのように自分を振り返りながら、色々と考えて見たい思います。
2) 上京してから
前回も申しましたように、郷里の尾道に居る頃までは、ある宗教の教会に通うことで色々と真理と言ぅか、如何に在るべきかに付いて考える機会がありました。
ですが、依然として世間知らずと言いますか、狭い自分だけの世界の中で考えておりましたので、日々の生活に於いて、その真理を実践して行くことはありませんでした。
と言ぅよりも、そこで言われていることは頭では良く分かるのに、いざ日常の生活の中に入ると、自分のやっていることが正反対なことばかりであることに苛立ちを覚える日々でした。
その為に、どうして自分はこんなことが出来ないのか?、と言う自問自答を繰り返すばかりで、厭世的な気分になることが多かったですね。
それと生来、自分の想いを外にだして発散することが上手ではなかったようで、それで余計に内向的になり、鬱々とした日々を送っていたわけです。
それが、家庭の経済的な問題で、高校を卒業した後、一家を上げて上京する羽目になってしまいました。それまで東京の生活など考えにありませんでしたので、雲を掴むような気分でした。
上京してからは、そのように経済的な理由がありましたので、色々働きながら学校に通うと同時に、東京の銀座にあった宗教の教会にも通い始めたんです。
ここでも熱心に毎日のように教会に通い、話を聞き、また集会に出たりして、何とか真理が分かりたいとアクセクしていました。
しかし、表面的には如何にも熱心な信者と言ぅ感じで、他の人々とも話したりして自分なりに学んでいったつもりですが、依然として心の空洞は埋まりませんでした。
教会に通えば通うほど、自分の心は満たされない感じで、先行き不透明で、何か霧の中にいるようで、自分で何をしたらいいのか分からない時期が何年も続きました。
ですから仕事も余り熱が入らないと言ぅか、やりたい仕事が見つからず、止む無くある外資系の小さい会社で働くようになったんです。
その時代に母親が色々な心労と過労が元で、重症になり入院生活を数ヶ月送った後、49歳で他界したんです。そのようなことは予想だにしませんでしたから、後悔の念がつのるばかりでした。
ただ、まだまだ精神的に未熟で、ノンポリと言いますか世間のことや社会のことに疎い生活を送っていました。でも少しずつ変化が出てきて、ヨガの本に興味を持って何冊も読みふけり、実践をするようになりました。
3) 精神世界への入口
上京してから、20代の後半あたりから段々と宗教的なものから、より精神性のあるものに気が向くようになりました。
でも相変わらず、銀座にあった教会には毎日のように通い、そこで青年会やその他の会合にでたり、手伝いをしたりして模範的な信者のようでした。
ただ自分の心の中は、何時も虚ろと言ぅか、他の人のように宗教にのめり込めず、中途半端な気持ちでおりました。
その宗教は、新興宗教と言われる一つではありましたが、所謂、ご利益信仰ではありませんでした。心を正すことを目的にしていました。
ですが、あなたもご存知のように、宗教団体と言うことになりますと、そこに自ずからある種の形が出来てしまい、それに従うのが信仰のように思う人々が多くなりますよね。
その宗教も真理を説いていながらも、一方で箸のこけた(倒れた)ような小さなことでも願えと教えていましたので、どうしても他力本願になり易いところがありました。
中には、寄付を多くする方がお陰が多いと考えている信者も多かったように思います。そうなるとご利益信仰そのものですよね。
そのような日常生活を送っている内に、心の求めるままにヨガの世界に引かれて行き、多くのヨガの本を手にするようになりました。
私は生来、人にものを教えてもらうのが嫌いと言いますか、天邪鬼と言いますか、誰かの所に行って習うことが出来ない性質なんですね。
ヨガなんかも、指導者の所で習えば上達が早いんでしょうが、それをやらずに、自分で本を読んでは実践してみると言ぅことを続けていました。
ヨガの場合は肉体的なポーズを取るのが上手になっても、それだけでは意味が無いんです。身体を柔軟にするのは、瞑想を長時間できるようにするための準備に過ぎないんですね。
ヨガの本を読むだけでは足りなくなり、次々に精神世界の本を求め、専門書店に頻繁に通うようになりました。霊界のこと、UFOのこと、神霊治療のことなど、手当たり次第に読破しました。
同時に瞑想も試みるようになりました。勿論、旨くは行きませんでしたが、次第に肉体の世界ではない所に引かれるようになりました。
そうすると、毎日のように通っていた宗教の教会の在り方にも疑問を持つようになりました。そこでは殆ど死後の世界のことは語られていませんでしたから・・・。
4) 人の役に立ちたい
前回まで述べて来ましたように、20代の終わりまで外資系の小さな会社で紆余曲折がありながらも、サラリーマン生活を続けながら、真理を求めて宗教の協会に通い続けていました。
でも、その宗教にも段々疑問が出てきて、何処がどのように間違っているのかと言ぅことは分かりませんでしたが、何となく教会に行く機会が減ってきたんです。
また会社勤めも、金も為、会社の為に働くことや、学歴に左右される給与体系や、所謂声の大きい者(自己主張の強い者)が出世するようなこととか、狭い組織にしばられているようなことに疑問を持ちだしたのです。
そして、宗教の関係で、如何に生きるべきか、何をしたらいいのか等、色々と思い悩むと言いますか、煩悶するようにもなって来たんです。
その内、段々と人の役に立つにはどうしたらいいのかと、考え始めたんです。今から考えると何とも青臭いことですが、その当時は全く理想的なことしか頭には無かったんです。
丁度そんな時期に、教会の集会の席で、徳の高い先生が、信仰が深まると手を当てるだけで人を治すことも可能である、といったことを話されたんです。
その時、当時テレビなどで有名に成っていた指圧の浪越氏のことが頭をよぎり、そうだ指圧と言ぅ手もあるんだなと思ったんです。
また、母親が生前、私を医者にしたかったと言った言葉も蘇ってきました。そうだ、指圧は自分の手で人助けが出来るのだから、一つこれをやってみようと考えたんです。
勿論それまでは、指圧のことは全然知りませんし、指圧を受けたこともありませんでしたが、普段は優柔不断の私がどうしても指圧の道に進みたいと思い至ったんです。
それで早速、指圧学校の入学案内などを取り寄せたり、指圧の本を購入して、指圧に関する情報を集めたんです。同時に会社の上司にも、どうしても指圧の道に進みたいと話したんです。
ただ、あまりに突飛な申し出でしたから、上司からは反対をされました。その時は止む無く、入学を諦めましたが、心の中では指圧のことしかありませんでした。
5) 霊界について
前回書きましたように、自分のやりたいことは指圧であると考える日々を送っていた当時ですが、目に見えない世界のことに関心が強まってきたんです。
本屋に行っては精神世界の本や霊界に関する本を探しては購入したり、出版社から取り寄せたりして読みあさりました。
それまで縁のあった或る宗教の中では、殆ど霊界のことや目に見えない世界のこと、またUFOのことなどに付いては答えを得ることができませんでした。
その為に、こうやって何年間も内外の種々の本を通して、自ら学ぶことになったわけです。ですが、それ等の本の内容が正しいものかどうかは分かりませんでした。
とにかく、今まで知らなかった精神世界のことは手当たり次第に学んで行ったと言う感じですね。
そうした時期に、その宗教の教会に出入りしていた若い男性信者の話を聞く機会がありました。
彼は当時、霊的な障害を受けて、どうしていいのか分からない状態になっていたんです。それを教会で相談しても余り取り合ってもらえなかったんです。
と言うよりも、先ほど言いましたように、その宗教では霊界のように目に見えない世界のことに付いては明言を避けていたからです。
彼の話では、外でも何処でも眼前に突然に霊が見えたりして、どう対処していいか分からないので恐ろしいと言ぅことだったんです。
私は昔から、自分自身では霊体験はありませんでしたが、そうした目に見えない世界のことは疑いなく受け入れられたんです。
その時も彼は、銀座の地下鉄の駅で電車を待っていたとき、突然に線路側の壁一杯に霊が出て来て、襲われるようで怖かったと話していました。
私は、そういうことはあるだろうなと思いましたが、当時は何の知識も無かったので、彼にアドバイスも出来ず、ただ聞くだけでした。
前にも言及しましたが、母親が心労で49歳で亡くなりましたが、その宗教に縁があった関係で、その教会の祖霊殿と言う亡くなった信者の魂を祀る所に入っていました。
勿論、自宅では仏壇の中に母親の位牌を祀って供養はしていました。ただ、それが何処まで通じていたのかは不明でした。
でも、その教会の祖霊殿に祀られていることで、母親は霊界で助かっていると思ってはいました。ですが、これは大変な間違いであったことが後年、よく分かったんです。
ともかく、その教会が目に見えない世界、取り分け霊界のことに付いて明らかにしないので、余計に自分で霊界のことに関心が高まって行ったんです。
6) 真理を学ぶ機会が・・・
先日、サラリーマン生活に飽き足らず、何とか人の役に立つ仕事をということで、指圧の道に進むことを決心したことを話しました。
ただ、上司の説得で指圧学校の入学を見送ったことまで話しましたね。その後も気持ちは学校に行くことに傾いていましたので、翌年に指圧学校の入学手続きを取りました。
そして午前中は指圧学校に通い、午後から会社に出勤する変則的な毎日を送ることになったんです。でも、これでは会社に迷惑が掛かりますので、翌年には退社して、指圧学校だけに絞ったんです。
ですが、指圧で身を立てることになったんですが、学校を卒業した後、どのようにしたらいいのか見当も付かない状態でした。
幸い、指圧学校を卒業する間際になって、それまで指圧の勉強に通っていた医王会指圧センターの増永先生の誘いを頂いて、そちらで働く道筋が出来たんです。
その頃、まだ宗教の教会には通っていたのですが、以前ほどの熱意は無くなっていました。これまで述べて来ましたように、もっと精神世界の方に引かれて行ったんです。
ただ、その教会の徳の高い先生が皆の前で、これからの信仰は地球人としてではなく、宇宙人としての信仰に入らないといけない、と言われたんです。
その言葉がズッと頭に残り、そうか自分たちは地球人ではなく宇宙人なんだと、「宇宙人」と言う言葉に引かれ、そこに意識が行ったんです。
そうしたら、どうでしょう。それから暫くして、或る新聞の一面下の広告に『宇宙学教室』の入会案内が出ていたんです。
その「宇宙学」と言う言葉にグッと引かれ、直ぐに入会の申し込みをしたんです。これが私の人生において、真理を学ぶための機会が与えられた瞬間でした。
7) 「肉食の非」
前回申しあげましたように、「宇宙学」と言う言葉に引かれて、『宇宙学教室』の会員になり、毎月送られて来る月刊誌を貪るように読みました。
書かれていた内容は、それまで宗教で学んだこととは違い、地球はどういう位置にあるか、地球人はどういう立場にあるかなどがハッキリと教えられており、一気に目の前が開けた気がしました。
そして追々に地球上の宗教が如何に間違っているかと言うことも、よく分かってきました。ただ、その時分もまだ宗教には縁がありましたので、宇宙学で述べられていた内容などを信者にも見せてみました。
予想通り、彼等には奇異に映ったと言いますか、理解の範囲を超えているように見えたようで、取り合ってくれる者はおりませんでした。
それと、その当時から私は、玄米菜食に興味を持ち、肉食を避けるようになってきました。やり始めた頃は健康面を重視したためですが、次第に「肉食の非」に気付きだしました。
そのことがよりハッキリと分かったのが、『宇宙の理』誌で語られていた内容です。肉食をすることが如何に人間として間違っていることか、と言うことが理解できたんです。
そうした認識が深まるに連れて面白い体験をしました。まだ縁があった宗教関係の集会があった時、その教会の信徒代表に有名なステーキ屋の社長がおられて、そのステーキ屋に肉を取りに行かされたんです。
その店の業務用の大きな肉の冷蔵庫に入った時です、肉のニオイの臭さに思わず鼻をつまみたくなったんです。吐き気を催すほどでした。
あなたもご存知のように、肉は腐りかけが旨いと言って、そうやって冷蔵庫の中で保存するのが普通ですので、余計に臭さが鼻に付いたんです。
以来、肉は一切口にしなぞと心に誓い、今日まで肉片は口にしていません。その後、人間が肉食を続けている限り、争いごとが絶えず、病気が無くならないことも分かってきました。
とにかく、「宇宙学」にご縁を頂いて、やっと人間としての正しい在り方が分かってきたんです。
8) 玄米菜食について
私が肉食に疑問を持つようになってから、自然に玄米菜食を実践するようになりました。指圧学校に入学した頃です。
当時はまだ、午後から会社に出勤するという変則な生活をしていた頃です。自分で玄米に小豆を入れて焚いて、野菜のおかずと詰めて弁当にして会社に持って行ったりしていたんです。
会社でその玄米弁当を食べていると、他の社員がいぶかしそうに見て、冷やかし半分に色々言ってきました。
当時はまだ、肉食の非について良く理解していませんでしたが、自分は肉食を止めて玄米食にするんだと言ったら、それじゃぁ栄養が取れないだろうと言う者が大半でした。
残念ながら今もって、西洋医学の栄養学に捉われて、肉食が身体にいいとか、栄養があるとか言っている専門が多く、それを鵜呑みにしている人々が多いのが現実ですね。
しかし、世界を見回してみますと、肉食をしない人々も可なり居ることが分かります。宗教的な面でそうしている人々も居りますし、最初から菜食中心の人々もいます。
そうした肉食をしない人々が不健康で栄養不足かといいますと、決してそうではありません。私は健康面を考えて肉食をしないのではありません。
肉食そのものの「非」が分かっているから、どんな肉(但し、家族の手前、魚類はまだ食しています)も口にいれません。それで不健康だと言うことはありません。
とは言いましても、あなたや誰かが肉食をしているからと言って、それを咎めるつもりはありません。それも、あなたの自由意志で決めたことですから、あなたの責任であり、誰も文句を言いません。
ところで玄米菜食のことですが、日本ではマクロビオティックの関係者がそれを広め、現在では若い人の中にも、玄米食を取り入れているかたが増えているようですね。
なかなか結構なことだと思います。ただねぇ、ちょっと偏った方々も見受けられるんです。頑なに玄米菜食に拘るあまり、他人との関わりが旨く行かない人も居られます。
それに捉われてしまって、玄米食をしない人や、添加物入りの食品を取っている人を非難するようなことをする人がいるんですよ。これはちょっと頂けませんよね。
ですから、玄米菜食を厳守している方の中には、あまりにも堅苦しく考えすぎて、かえって不健康に見える人や、痩せすぎの方が居られるんです。
私も玄米菜食は心身に取って非常に有効だと思いますが、やはり周りとの調和を図りながら、楽しくやって行かないと、かえって弊害が出てくるのではと思います。
とんなに素晴らしいと思うことでも、周りと不調和を起したり、そのことがベストだと思って優越感などを持つことは、あってはならないことだと考えます。
9) 生きる目的
私は、どうもノホホンと育った為か、若い時分から、何のために生きているのか、何をしたいのか、どう生きるのかなど何も考えないまま過ごしてきました。
世間の人々はいい学校に入って、いい会社に入って、出世をして楽な生活を送りたいと思って、厳しい競争社会で頑張っているのに、私にはどうもゼニを稼ぐという本能が乏しかったようです。
言い方を代えれば、これは現実逃避と言ってもいいかも知れませんね。或る時期には金の無い世界に住みたいなどど考えたりもしたんです。
でも、これでは困りますよね。やはり現実と理想の両方を確り見据えてバランスを取った生き方をしないと、偏った生活を送ることになってしまいますものね。
先にも触れましたが、指圧師になった頃、「宇宙学」とご縁を頂き、そこで地球人として如何に在るべきかを教えられました。
今まで考えもしなかったような稀有壮大な宇宙の真理を学ぶ機会を頂いたんです。広大無辺な宇宙の中にある無数の銀河系、その中の太陽系、そしてそこに属している地球と。
それまで、自分のことしか考えたことが無かったような生活を送ってきましたので、それによって一気に意識が広まりました。
その宇宙のことも、この地球上では三次元の物質としての天体のことしか考えられていませんが、本来の宇宙は三次元から七次元に亘る世界のことであることも知りました。
知りましたと言うのは、単に頭で分かったと言うことであって、四次元以上の高次元のことを理解できたと言うことではありません。それは無理と言うものです。
ただ、そうした高次元の高みにまで何時か(何億年も掛かるかもしれませんが)は行けるのだと確信できたことだけでも生き方が変わってきました。
そして、この三次元現象界での人類の生きる目的とは、「魂を磨いて行く」ことであり、永遠の生命としての生きる目的は、「永遠の至福に至ること」であると知りました。
10) 霊波・念波の存在
残念ながら、未だに多くの人々は、人間は死んだら無に帰するとか、この世の一代限りだから好きなことをした方がいいと思っているようです。
キリスト教徒なんかも、あの世は無いとしていますが、キリスト教徒は死後は天国に行けると教えています。では、天国は何処にあるのでしょうか。別次元の世界ではないのでしょうか?
この三次元の世界しか無いとすると、天国という世界があるのはどうしたことでしょう。私はキリスト教のことを詳しく知りませんが、単純に疑問に感じてしまいます。
それと、もしこの世だけで、一回限りの人生だとすると、どうして皆、生まれながらに環境が違うのでしょう。健康で生まれる人、ハンディを持って生まれる人、その他、皆生まれる環境が違います。
一回だけの人生なら、皆スタートが一緒で、同じ環境でないとオカシイのではありませんか。こうした面を考えないで、この世しか無いとするには無理があると思います。
前回も申しましたが、人間の魂は永遠不滅です。そして、永遠の至福に至るまで延々と、魂の修行をしているのです。
ですから、決してこの肉体の世だけで全てがパーになってしまうものではありません。肉体の世と霊界(死後の政界)とを交互に生まれ変りしながら魂の修行をしているのが人間なんです。
また、この地球は私達の魂レベルに一番適しているから、こうして生まれ変りしながら今現在もこの地球に在るわけです。
もし、あなたが十分に魂の修行が進んで、これ以上肉体の修行が必要無いというレベルになると、もっと違った、霊的波動の高い所に移って新たな修行をすることにもなります。
それはともかく、今、自分が分かろうが分かるまいが、私達はこの世とあの世(霊界)を交互に行き来していることを念頭に置いておかれるといいのではないでしょうか。
そして、この世に生きている人々の出す念(想い)を「念波」といい、死後の世界に居る人々の出す念を「霊波」と言います。
この霊波・念波の存在を確りと自覚しないと、思うように魂の修行ができないことになります。
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